鳩小屋

落書き帳

ウクライナ戦況 東部戦線(Svatove~Bakhmut)

最近の東部戦線まわりの状況です。

Invasion Day 254 – Summary | MilitaryLand.net
Russian Offensive Campaign Assessment, November 3 | Institute for the Study of War

補給線

まずは戦略上の要所となるロシア軍の補給線についてです。
こちらは米国の戦争研究所(ISW)の公開している戦況図になります。

青色地域がウクライナ奪還地域、赤色地域がロシアの占領地域、続いて、赤黒線でRussian Ground Lineと表現されているところが各戦域に物資を輸送している高速道路や主要道路です。
この中でも緑色を付けたロシア本国北部→Svatove (スバトボ)→Kreminna(クレミンナ)→Lysychans'k (リシチャンシク)のラインは最前線拠点を支える重要な陸路です。
特に、補給先のLysychans'k (リシチャンシク)やSeverodonetsk (セベロドネツク)は激戦の末に占領された地域で、ロシア側における占領地の象徴ともいえる場所です。

Svatove (スバトボ)方面

現在、ウクライナ側はロシア軍の補給線分断をめざしてSvatove (スバトボ)周辺に攻勢をかけています。
ただ、ウクライナの土壌は春秋に雪解けや降水で泥沼となりやすい地形であり、戦線を硬直させている一因となっているようです。

ロシア側は、今までの敗北で正規軍戦力を大幅に喪失しているものの、動員した新兵で戦力の埋め合わせをしながらSvatove (スバトボ)周辺で陣地構築を行っているようです。
スバトボ西部は高所になっているため、ウクライナ側が奪取して砲兵部隊を配置できれば戦況は加速するかもしれません。

ロシア軍はこの地域を奪還されると、補給の細ったKreminna(クレミンナ)→Lysychans'k (リシチャンシク)方面が窮地に陥るため、死守すると思われます。

Bakhmut(バフムット) 方面

リシチャンシクよりも南部にあるBakhmut(バフムット) はウクライナ戦域で最も激しく凄惨な戦いが続いている地域です。

ロシア全体の戦力構成

はじめにワンクッションとして、ロシア側の戦力構成について紹介します。
ウクライナ戦線に投入されている戦力は正規軍に加えて、民間軍事会社ロシア連邦チェチェン共和国部隊などいくつかのグループで構成されています。
これらは、一枚岩ではない上に統一された指揮系統がなく、ロシア側の軍隊として脆弱さの一因になっています。
特に、これらグループ間の政争的な思惑や歴史的背景が表に出ているのがこのバフムット戦線になります。

ロシア正規軍

構成部隊で最も主力となるのが陸海空からなる正規軍(連邦軍)です。
指揮系統上はショイグ国防相、ゲラシモフ参謀総長がトップにあたります。
大統領直属の国家親衛隊もいますが、大統領命令の傘下という意味では正規軍とまとめてしまってもよいでしょう。

これらは主力としての成果が期待されている一方で十分な結果が出せていないため、ロシア側劣勢の主要因となっています。

民間軍事組織ワグナー(ワグネル)・グループ

ワグナー(ワグネル)・グループは、プーチン大統領の側近であるプリゴジン氏が設立した民間軍事会社で、傭兵業務から汚れ仕事までをこなす暗部組織です。
目的のためであれば手段を選ばず、報酬手当によって士気が高く、実践経験豊富な人材がそろっている点から、正規軍よりも厄介なグループになります。

設立背景には下記のようなものがあるようです。

①責任の所在をあいまいにできる
通常の軍の場合、市民の虐殺などの人権侵害を行った場合、その兵士だけでなく上官、兵士を派遣した国の政府の責任が問われることになります。しかし民間軍事会社ならば、実際には政府が裏にいたとしても、「あくまで民間会社のやったこと」として、政府の責任はあいまいになり、追及を逃れることができると考えているとみられます。

②ロシア国内の世論対策
戦地に派遣した兵士の犠牲が増えれば、派遣の判断への批判や疑問が高まりかねません。しかし民間軍事会社であれば、犠牲を公式に発表する必要もなく、その大きさを言わば“矮小化”できます。

③派遣の見返りへの期待
ロシアがワグネルを派遣したと指摘されている中央アフリカでは、その見返りに金の鉱山の利権を与えられたのではと指摘されています。

興味深いのは、国際的な非合法行為を繰り返しているにも拘らず、アフリカ諸国などでは一定の支持を得ている点です。

アフリカは、イギリスやフランスが植民地時代に適当な国境線を引いたせいで、民族紛争などが絶えず各政府を悩ませています。
さらに、イギリスやフランスも積極的な軍事支援などは行っていない状態です。
アフリカ諸国からすれば「お前らのせいで紛争が起きているのに面倒を見てくれないのか」と、西欧諸国に不信感を募らせています。

そこに付け込んで惜しみない支援を行っているのがワグナーグループで、アフリカ諸国も良くないことと分かりつつも藁をもすがる気持ちで支援を要請しているようです。

多少脱線しましたが、ウクライナの各戦線で先鋒を務めるなど、強力な突破力を保有するのがワグネルグループになります。
バフムット攻勢を主導しているのもこのワグネルグループです。

ウクライナ側も目の敵にしていて、最近は特殊部隊がワグネルの参謀次長を仕留めたというニュースも出ていました。

チェチェン共和国部隊

ロシア連邦を構成するチェチェン共和国が派遣した部隊になります。
トップのカディロフ首長は核兵器使用を主張するなど、ワグネルのプリゴジンと比肩して過激派として知られています。

ただ、威勢の割には部隊戦力は大したことがなく、目立った戦果はありません。
主にヘルソン地域に配属されていますが、西欧諸国から供与されたミサイル兵器で部隊が壊滅したというニュースもあり、脅威度は低いかもしれません。

ルガンスク人民共和国部隊とドネツク民共和国部隊

2014年のクリミア併合時期に独立宣言してウクライナ本国と紛争を繰り広げてきたグループになります。
今回は本格的な独立を果たすためにロシア側として参戦しています。
ただ、モチベーション自体がルガンスク州ドネツク州の切り取りに偏っているため、他グループと比較して士気は低いようです。

地形

バフムット付近の一帯は、一見平野が広がっていますが、その実態は採掘場跡地で地下には枝分かれした迷宮が広がっています。
加えて、洞窟や2014年の紛争で作成されたウクライナ軍の塹壕、地雷、トーチカが多数点在している地域になります。
攻めるロシア軍としては最悪の地形であり、ウクライナ軍側は強固な要塞線を敷いています。






戦況

この2か月間、ロシア側はこの地域に強烈な攻勢をしかけていますが、ウクライナ側の強力な防衛の前に損害を積み重ねては撤退を繰り返しています。
驚くべき点は、このような屈指の防衛線に仕掛けている攻撃が歩兵による正面突撃ということです。

この突撃を敢行している兵士は、ワグネルが徴集した囚人やロシア国内の新規徴集兵になります。
ワグネルはこれらの兵を人道的に扱っておらず、砲撃の被害で死体の山を築いています。
最近は、少数の兵士をおとりとして突撃させ、反撃したウクライナ軍の陣地を割り出して砲撃するような作戦も取られているようです。

ただ、この攻撃によって一定の前進はできているため、司令部としては人的資源を使って着実に進歩しているという判断なのかもしれません。
本当に21世紀の話なのか疑いたくなる内容ですがこの戦線で起きている事実です。
志願兵や囚人兵のような自身の意思で戦地に赴いた人員であれば100歩譲って納得できるかもしれませんが、強制徴兵された民間人などが意思に反して捨て駒にされるのは敵味方問わず受け入れがたい所業です。



攻勢の意図

日本の歴史から彷彿とさせるものは旅順攻略戦ですが、この戦いでは死傷者5万9000人を出しながらも7ヵ月の苦戦のすえ203高地を占領し、要塞砲によって湾内艦隊を壊滅させました。 これは日本海海戦でロシア主力のバルチック艦隊と旅順艦隊の合流を阻止するという最重要戦略の要であったため、犠牲も容認された経緯があります。

このバフムット自体には、旅順攻略のような損害に見合う価値はなく、おそらく政争的な目的と分析されています。
前述のとおりロシア正規軍は失敗を重ねており、トップであるショイグ国防相、ゲラシモフ参謀総長の存在感も低下しています。
そこで、停滞したロシア軍の中で大きな戦果を挙げることでワグネルないしはトップのプリゴジン氏の発言力を高めようとする意図があるのではないかとされています。
加えて、たとえ拠点を制圧しても被害が大きく戦力が低下していては意味がなく、主力を温存するという意図であれば捨て駒をメインとした攻撃も説明できます。
もしそうであれば肉の壁として使いつぶされる兵士には同情しかありませんが。

ヘルソン撤退

ロシア軍がヘルソン撤退を宣言したようですね。


補給線の崩壊した地域を損切りした点では、ロシア軍が取れる最良の選択肢だったと評価されているようです。

jp.reuters.com

「一面では、これは明らかにウクライナの勝利であり、ロシアが非常に弱体化している兆しだ」としつつも、ロシアが採り得る唯一の正しい道だったと指摘する。
ヘルソンが位置するドニエプル川西岸のロシア軍部隊はあまりに攻撃を受けやすく、疲弊し、物資の補給が不十分で持続不可能になっていたからだという。
「今ロシアが撤退すれば、東岸の守りを固めるための部隊を増やせるだけでなく、実際に動かせてウクライナの他地域に配備できる部隊を確保できるだろう」

局所的にはウクライナ側の勝利と言えますが、ドニプロ川ラインまで前線を下げると両軍とも少ない戦力で戦線を維持できるため、両軍の主力は他戦線に配備されていくと思われます。
つまり、今回紹介した東部戦線もより苛烈な戦いになっていくと思われます。

今後の行方

ロシア軍の備蓄量は、陸上自衛隊であれば数日で弾切れをおこすようなペースで弾薬、砲弾、その他各種兵器類を投入し続けてきたことからすれば、相当なものだと感じています。
ただ、さすがに底をついてきたようで、近代兵器の大半を使い果たした可能性が高いです。
最近はソ連製の兵器を倉庫からひっぱり出してきたり、ベラルーシ北朝鮮のような周辺国からも物資を調達している有様です。

新兵もろくな訓練をされずに前線に投入されているため、平均寿命は2週間程度といわれています。(セミかな?)
挙句、後ろから銃口を突き付けて無理やり戦わせる督戦隊が配備されているとの話もあり末期感が漂っています。

経済面も優秀な人材の国外逃亡、経済制裁原油価格下落による資源収入低下等、見通しは絶望的です。

中国あたりが支援をしなければ経済面、人員面、物資面で限界を迎えるのは案外早いかもしれません。

次に、ウクライナ側への支援の見通しですが、米国では4年に一度実施される上下両院議員の選挙が実施されます。
民主党であれば支援継続と思われますが、共和党議席数を多数獲得すれば支援の勢いは鈍るかもしれません。
(現在は無償提供の形で兵器が供与されていますが、共和党では借金のような形で兵器を提供する(レンドリース)ことも主張されています。)

欧州はロシアへのエネルギー依存度が高く今回の侵攻で劇的なインフレが進行しています。そのため、欧州各国にも厭戦ムードが現れてきています。
イギリスの新首相が財政のかじ取りに失敗して45日で辞任したり、ドイツが中国に接近したり、ハンガリーは親露を貫いたり、イタリアで極右政党が台頭したりと。
EUも結局は町内会のようなもので自国の風向きが悪くなれば不協和音が発生しますが、困難な局面でどこまで結束を保てるか注目です。

ここからは妄想ですが、各国の状況を考慮すると、何が何でも戦争を続けたいのは領土奪還の掛かっているウクライナのみで、そろそろロシア側も西側諸国も落としどころを探し始める可能性もあります。
ロシア側本来の目的は、NATOの拡大阻止であり、それらが妥協範囲で実現するのであれば停戦には十分応じると考えられますし、
EU諸国についても「EUへのロシアの脅威拡大」や「軍事力による現状変更」を阻止するのが主目的で、「ウクライナの領土奪還」自体に強い拘りはうかがえません。
米国もEUへのエネルギー供給販路を拡大する、ロシア軍を弱体化するといった国家的な利益があった一方で、戦費拡大やインフレの問題が懸念されています。

もし停戦交渉のシナリオがあるとすれば、今年の冬は重要となるかもしれません。
前述のとおり戦局はウクライナや西側諸国に傾いていますから、ロシアは交渉を有利にするための材料を探す必要があります。
そこでロシア側の武器となりうるのがエネルギー資源になります。暖房費の観点から冬はエネルギー資源の需要が増しますから、交渉に使える最後のタイミングとなるはずです。

現在はサプライチェーンの再構築で、西欧諸国にもエネルギー問題の楽観論が出てきていますが、何らかの形でこの問題を再燃させることができれば、有利な条件を引き出せるかもしれません。具体的には、現在インド経由で諸国に輸出されている原油を絞るなどが考えられます。併せて、冬季により強い攻勢を仕掛けることで西側諸国の支援負担をさらに増大させることもできれば、世論が停戦に傾くことは十分あり得ます。そのうえで、(ロシアと西側諸国の)妥協条件を提示して停戦を持ち掛ければ、米国がウクライナに妥協を強いることもあるかもしれません。

この戦争をつづけて西側が有利に運んだとしても最後に待ち受けているのは核戦争ですから、どこかでロシアと西欧諸国が妥協して、ウクライナが涙を呑むような展開になると鳩ぽっぽは睨んでいます。