こちらはウクライナ側が発表しているロシア側の損害ですが、20年続いたアフガン戦争の人的損耗に一年で肩を並べることからとんでもない規模であることがわかります。
兵器類についても戦車数を単純比較すると陸上自衛隊が6,7回全滅しているような状態です。(もちろん質が違うので比較になりませんが)
防衛省・自衛隊|令和4年版防衛白書|資料7 戦車、主要火器などの保有数
個人的には金融経済への影響が小さくなり興味がだんだん失せてきたのですが(世界各地で起こっている紛争を気にしすぎてもキリがないですし)、依然として厄介な地政学リスクではあります。
ということで特徴的な箇所のみメモ。
Kupyansk~Kreminna(北東部)
KupyanskやKreminnaではロシア側が攻勢に出ています。
Kupyanskは南部にはオスキル川が流れているため、ここが占領されるとSvatove方面(オスキル川東側)のウクライナ部隊が退路を失う恐れがあります。(Kreminna方面にも退路はあります)
ウクライナ側としては重要な拠点ですが、現在のロシア側の攻勢は限定的で危機的な状況には至っていないようです。
Kreminnaも勢いはあるのですが、ウクライナ側は適度に後退しながらロシア側を出血させ、弱ったところで反撃に出るといった具合のようです。
一進一退ではあるものの、損耗率はロシア側が上回っています。
Bilohorivka
Bilohorivkaは一度はロシア側に占領され反転攻勢で取り返した、Kreminnaの南側に位置する地域ですが、長らく陣地を維持できているようです。
ウクライナ側は高所に陣取っているため、ロシア側の陸上戦力は丘を登っていく他なく、タワーディフェンスゲームのように迎撃されては歩兵が転げ落ちていく有様です。
陸上戦力で攻略が難しい地域は空軍や空挺部隊で攻める方がマシな気がしますが、そういった高度な作戦が行える部隊も残っていないのかもしれません。
最近は攻勢が弱っているので迂回して包囲する戦術に切り替えている可能性もあります。
Bakhmut(東部)
長らく激戦が続いているBakhmutですが、今年の大攻勢により包囲が進んでいます。
Wagnerグループがほとんど訓練されていない大量の新規兵を盾にしながら進軍する人海戦術は継続されていますが、町への正面突撃から北部南部郊外への攻撃に切り替えたことで、戦線が動いています。
特にWagnerの古参兵は、空挺部隊や特殊部隊出身の退役軍人で構成されているため、非常に厄介な存在のようです。
捨て駒戦術を基本とした主力の温存や、ウクライナの陣地に隠密夜間浸透して制圧するなど、ウクライナ側に大きな被害をもたらしています。
直近の状況として、西部には1,2本の補給線しか残っていないため、ここが断たれる前に撤退できなければ市街地の部隊は孤立することになります。
ただ、ウクライナ側としては直近の撤退は視野に入れていないようで、現場兵士から撤退を求める声なども挙がっていないため、上級将校から現場部隊まで状況や方針を十分に共有できている印象です。西側諸国の近代戦車が到着するまで、ロシア側の戦力をとどまらせて消耗させることが狙いかと思われます。
Bakhmut東部では流れる川を境界として防御線を敷いているようです。ただ、この川は小規模であるため、渡河の難度はそれほど高くなく、何度か西側への進軍も許しています。ただ、そのたびにウクライナ側が押し返しているため、実質的に川が前線となっています。
市街北部については金属加工工場付近で戦闘が起こっているようです。ここは地下鉱山があるなど立体的な地形となっているため、状況把握が難しい戦域です。
北西部は池があるため、圧力が多少緩和される状況となっています。
補給線が辛うじて機能している状況ですので、このままであれば厳しいですが、損耗の激しいロシア側の勢いも急激に弱まっているようで、米国や英国の機関からは弾薬や人員が尽きたのではと予測が出ています。ウクライナとロシアの人的損耗比は1対5と言われていますのでさすがに攻勢限界を迎えつつあるのかもしれません。
総じて、ウクライナ軍は抵抗を継続する方針のようですが反撃ができなければ撤退が視野に入る状況といえます。
Avdiivka(南東部)
Avdiivkaも長らく維持できている拠点の一つで、ドンバス戦争のころから要塞化された難攻不落の町です。
正面突撃をしては壊滅することを繰り返していましたが、やっと学習したのか最近は郊外から包囲する方針に切り替えたようです。
ウクライナ側もここからBakhmutに部隊を引き抜いたことで侵攻を許すことが起きています。
ロシア視点では、この地域に圧力をかけることでBakhmutへの増援を思いとどまらせることが狙いかもしれません。
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Vuhledar(南部)
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ここも地図上の戦線はほとんど動いていないのですが、無謀な攻勢で正規兵が壊滅し続けている地域になります。
特に悲惨な結末を迎えているのが第155独立親衛海軍歩兵旅団です。この部隊はロシア海軍太平洋艦隊傘下の歩兵部隊でいわゆる海兵隊にあたります。
ちなみに籍を置くウラジオストクは「東方を制圧せよ(直球)」という意味で、文字通り極東の部隊になります。
今回ははるばるシベリア鉄道でウクライナに赴いたようですが、開戦初期のKyivやMariupolの戦いでは50%の損耗となっています。
さらに、新兵を補充した状態でPavlivkaやVuhledarにも参加しましたが、結果は何の見せ場もなく壊滅でもはや精鋭部隊の面影は残っていません。
ロシアで象徴的な部隊に授与される親衛称号も得ていたことから精鋭部隊であったことに違いありませんが、扱いのひどさを見るに部隊運用の杜撰さは軍全体の問題のようです。
ロシア海軍の歩兵旅団は彼方此方からかき集められていますが、いずれの部隊も大きな損害を被っていて開戦当初の7割が戦闘不能になったと分析されています。
そのため、ロシア海軍の艦船は無傷であるものの、上陸部隊などの陸上部隊はすでに全滅状態のようです。
今後の見通し
双方の損耗を鑑みて今冬の停戦もあるのではと思っていましたが、まったくそのような雰囲気はなさそうです。
一応米国から「ドンバス地域などの一部占領地域を認めて他地域から撤退する」停戦案が提示されたようですが、ウクライナどころかロシア側も拒否したようですね。
戦争が終結するには下記いずれかしかありませんが、現状はどちらも難しいといえます。
・片方が相手を完全に屈服させる
・双方が妥協する
特に陸上戦の攻撃側は防御側の3倍の戦力が必要とされるため(防御側は砲撃を陣地でやり過ごせるものの攻撃は移動しながら火砲にさらされるため)、防御側が本腰を入れると戦線が硬直する傾向にあります。ウクライナ側もロシア側もそれなりの防御陣地を築いているため、双方が戦線を突破するには、極端な損耗または戦力増強が必要になります。
ウクライナ側への主力戦車供与も期待されていますが単体で戦況を変えるほどのものではないかもしれません。
特に近代の誘導兵器(誘導ミサイルや誘導砲弾)は精度が高く、狙われれば高確率で撃破されます。これはロシア側の損害を見ても想像に難くありません。
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ちなみに塹壕は、垂直に砲弾が入りこまない限り付近に砲弾が着弾しても人員が保護され(爆風は上方向180度に向くため)、地雷、有刺鉄線、迎撃用兵器によって、歩兵でも戦車でも攻略が難しい難攻不落の陣地とされています。この戦争をみていてもその特性自体に大きな変化はありません。ただ、ドローンによる爆弾の垂直投下や爆弾を搭載したラジコンによる自爆など、技術面で戦いが変化していることも伺えます。
やはり最後の決定打となるのは航空戦力かもしれません。
ロシア空軍は戦力を温存しているため、本腰を入れてくれば陸上戦力にとっては大きな悩みになりますし、少しづつ戦闘機供与の話も出ているようですので、本格化するまでは消耗戦が続くかもしれません。